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今年は、旭川で。

今日も秋晴れで気持ちの良い朝。

先週は、野球とバスケットボールの試合があったんですが
今週からは、旭川で陸上の全道大会が行われています。

野球に関しては、雨の中で延長15回の熱戦があったり、
バスケットボールでは、3年生の最後の公式戦があったりと
各競技で全国をかけた戦い

陸上に関しては、全道大会で終了となってしまうんですが
今シーズン最後となる公式戦。
夏休みの頑張りがどう結果に繋がるか、個人的にも楽しみな時期になっています。

オフ

ちなみに、写真の彼女(左)は、中学時代の自己ベストを越えれず苦しんでいたんですが
今回の全道大会で2年ぶりに自己ベストを更新。

大会前に怪我が続いた事もあり、2年生で初の全道大会となったんですが
周りの選手達が1年生から結果を出している中で、
今回は決勝のスタートラインにも立ち、背中が少し見えてきました。

トレーニングルームでは、走れないイライラもあったんですが
彼女も含めて、選手達と怪我の辛い時期を共有するので
レースが終わった後に笑顔で報告してくれると、こっちも笑顔に・・・

小さな自信の積み重ねが、自分自身を成長させるので
今後の活躍に期待かなぁ〜。

夕方からは、選手達が沢山来てくれるので賑やかになりそうな感じ。
今日も気合を入れて頑張りましょう


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みんなの頑張りを。

最近、ブログを読んでくれる選手や関係者の方から
感想を聞かせてもらう事が増えて来たので、更新する意欲がわいているんですが
選手達の親御さんからも、声をかけてもらう事が増えてきました

このブログには、地方から来ている選手達の近況を伝えると言った目的もあるので、
色んな反響が嬉しかったりします。

そんな訳で、全員の頑張りを伝える事は出来ないんですが、
親元を離れて高い目標の中で頑張る選手達を、もっと紹介出来れば・・・。

怪我をした選手に関しては、ストレスから泣いたり・愚痴られる事が多々あるものの
みんな意欲のある選手達ばかりなので、
夕方からは、真剣な表情の選手達で賑やかな風景がトレーニングルームにあります。

「うるさいから、毎日来んでええわぁ〜」・「トレーニング終わったら、早く帰れぇ〜」

なんて、怪我をした選手とも冗談を言える関係なので、みんなと長く関わりたいんですが
早く卒業させてあげれたら、ええかなぁ〜。

この辺が普通のトレーニングルームと、ちょっと違う感じ・・・

ちなみに、トレーニング後の写真は変顔しかないので載せれないんですが
トレーニング中は、みんなアスリートの顔になるので
そんな頑張っている部分を、今後もいっばい伝えるぞぉ〜

20140917134507bda.jpg

3時間のトレーニング終了後に、1時間のおしゃべり。
最後は、10数枚の写真を残して帰った(帰らされた?)仲良し2人組。

ここは、そんな場所でもあります。
居心地が良いと言う事で・・・(笑)









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笑顔・笑顔・笑顔。

雨が続いていた旭川ですが、週末は秋晴れで気持ちの良い天気。

連休となったため、花咲運動公園では野球・陸上・テニスの試合があったんですが
良い環境の中で、沢山の試合がおこなわれました

個人的には、連休中も怪我をした選手達が汗を流しに来てくれたので
指導の合間に職場と会場を行ったり来たりしていたんですが
トレーニングルームも、みんな気合が入っていてエエ感じの雰囲気に。

秋は【スポーツの秋】と言いますが、みんな意識を高く取り組んでくれています。

ただ、そんな雰囲気の中には楽しい風景も・・・。

陸上の試合では、3年生達の引退レースがあったんですが
駅伝を控えた選手を除く3年生が、最終種目の4×400mリレーに出場

このリレーは競技種目に関係なく出場するため、
100mハードルや競歩の選手なども全力疾走!!!を見せてくれました。

ちなみに、1周=400mのリレーなのでヘロヘロになる選手が続出したんですが
恒例のこのレースは卒業生・後輩達みんなが、笑顔で応援出来るレース

秋季大会

個人競技の場合、予選敗退した選手から引退となるため
大会終了後は、笑顔の選手と悔しい選手に分かれてしまうんですが
今回は、みんなが笑って終われる高校最後のレースでもあります。

しかも、今回は公式戦だったんですが
高校生達は新人戦を控えた関係で、エントリーが2組のみ。

最後は表彰台にのぼって、記念撮影も出来たし
夕暮れ時に、みんなが最高の笑顔を見せてくれました。

そんな事もあって、この風景はホンマ大好きな風景です。

笑顔

ここから先は、全国の予選が控えているので
感傷に浸っている時間は無いんですが
各競技の全道大会でも、こんな風景が見れたらええなぁ〜。

引退した3年生のみんな、ホンマお疲れさんでした








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Tシャツ

昨日から強い雨が、降ったり止んだりの旭川・・・

今日の夕方も自転車で出来てくれる選手達が沢山いるので、チョット心配な感じなんですが
この時間は少し手が空いているので、
写真や資料を整理していると、こんな物が出てきました

このTシャツは、この春高校を卒業した選手と3年生のために作った記念Tシャツです。
全国大会に出場した選手達は、宿舎で着てくれたらしいんですが
意外と好評だったので、チョット満足な一品。

ネタが無いので、チョット載せて見ました。

ちなみに、写真の彼女達はこの写真をイオンで撮ってきたらしいんですが、
この格好でイオンに行くなんて・・・

20140910155134078.jpg

沢山の選手が、トレーニングルームで長い時間を共有してくれているので
ずっと作るつもりだったんですが、
選手が似顔絵を書いてくれたので、今年になってやっと実現。

あさかわ整骨院での時間を、思い出すきっかけになってくれれば、ええかなぁ〜。

ただ、Tシャツのデザインはぬるい感じですが、
今日も競輪選手は、毎度お馴染みの感じになっています

20140910160030d6f.jpg

残りシーズンもあと僅か。
大きな目的があるんやから、今日もみんな頑張りましょう

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みんなが通る道。

先週は、あさかわ院長のマラソンの話に沢山の反響を頂いたんですが、
今回のブロクは、いつものトレーニングルームのお話。

冬の長い北海道では、その時期によってトレーニングへの比率が大きく変わるんですが
この時期は試合が続くので、
トレーニングルームで汗を流す選手の大半は、怪我をした選手達となっています。

中でも手術をしている選手達は、復帰までに最長で半年以上かかるため
必ず何度か精神的に辛い時期が来るんですが、
この時期は、チョットそんな時期に・・・。

怪我をした時は、怪我をした自分にイライラ。
少し動ける様になると、練習に参加出来ない事へのイライラ。
復帰が近づくと、試合で動けれるのか?と言う不安な気持ちにイライラ。

色んなイライラと選手達は戦っているので、
復帰の過程では、泣きながらトレーニングをする日が多々あるものの
その競技が、ホンマに好きな選手達。

20140908112701963.jpg

怪我をするとみんなが通る道なんで、そんな部部も含めてサポート出来たらええかなぁ〜

ちなみに、今週からは高校野球の公式戦がスタート。
トレーニングのみの選手達も、練習後にやって来て汗を流してくれています。

201409081209214d6.jpg

今日もみんな頑張ろうぜぇ〜


本日も夕方のみ(16時〜19時)体験・見学やってます。
興味のある方は、ご連絡を。











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2014北海道マラソン(50親父の初サブスリーへの挑戦) 後篇

高橋はるみ知事の号砲と共に、戦いの火ぶたが切られた。
当然、Bブロック最強福国軍団はあっという間に行ってしまった。Aブロックの選手たちにあっという間において行かれるんだろうなぁって想像していたが、以外や以外、前がつかえる感じ。遅そ、、、。そのまましばらくそのペースで走る。ふと時計を見てペースを確認。な、なんとびっくり、1キロ3分55秒!全然遅くないんだ。周りが速いから錯覚していただけで、このペースじゃハーフかそれ以上のペース。やばやば、、、落とさないと折り返しのまえに潰れてしまう。あわててペースダウンをするも、自分ではかなり落としたと思って時計を確認したが、まだ4分05秒。落としきれない!!!
前半5キロは登りになっている、1キロ4分20~22秒で行き、5キロから15キロまで4分08秒、15キロから30キロまで4分13秒、30キロからゴールまでが4分20秒位で、ぎりぎりサブスリー達成と作戦を立てていた。でもこのままじゃ完全に後半脚が保たない、、、。でもこの中にいると引っ張られてスピードを落としきれない。恐らく興奮とサブスリー達成に対する気持ち、周りのスピードいろんな事が重なって、あのような状態に陥ってしまっていたと思う。そのままずるずると4分05秒あたり、時には3分50秒台で進んで行く。
10キロ過ぎた頃からようやく10秒以下のペースが出て来た。そのあたりのペースを維持しながら、15キロ地点を迎える。
ここに来て暑さが気になり始める。前を見ると、みんな建物、木などの日陰が出来る側にコースを変更していた。みんなも暑さと戦ってるんだなぁ。そうこうしているうちに、あれ、俺、脚に来てるかも?え、本当に???計画通り13秒を維持するつもりがなんか辛い感じ。これじゃサブスリーどころか10分も切れないかも、、、。
自分に「おまえはなんのためにここに来たんだ。頑張れよ」と言い聞かせ、思い切ってペース維持ではなく、ペースを上げてみた。すると不思議にその波に乗る事が出来た。あれ脚が軽くなってきたぞ!
もう落とす0r維持などあまり考えず、4分05秒~10秒位で20キロ地点まで行く。さすがにそこからはペースが少し落ち始めた。計画では13秒維持だが、やはりそれよりは少し速いペース、10秒~12秒あたりで25キロ地点をめざす。
実業団の選手たちが向かいから走って来た。新川通りは往復だから、トップ選手たちの走りを見る事が出来る。やはりかなり速いスピードだ。でもみんな苦しそう。「頑張れよー」って声をかける。実はそれは自分に向かって気合いを入れるつもりでやっていた。あのBブロック最強福国軍団の選手たちも走って来た。行けー!頑張れよー!折り返し地点通過。
ここまでかなりタイムを貯金をしたから、このままで行ったら楽勝にサブスリーだなって顔がほころんでいた。
それもつかの間、28キロを過ぎたころから急に脚が重くなり、いきなり19秒、16秒、21秒、24秒と、どんどんペースダウン。マジかよー、俺の脚、戻ってくれー。脚が重も~、、、。
さすがに24秒以下には落さないで35キロ地点までなんとか。
北海道マラソンの後半4キロくらいは北海道大学構内がコースとなっている。ここは並木道になっていて、コースはすべて木陰の中、しかも沿道が近く応援が心強い。
早く北大構内が来ないかな~。もう脚が悲鳴を上げそう。
両脚のももの裏が痙攣を起しそうになっていた。
あと5キロの看板が目に入る。時計を見ると2時間38分。もうここまで来ると思考能力もかなり低下していて、頭の中は真っ白までは行かないが、グレーくらいにはなっている。大雑把に計算すると、サブスリー達成には22分かかっては無理、1キロ4分30秒ではだめ、15秒くらいで行かないと。ここからがこの大会ので一番辛い戦いとなった、、、。
両脚もも裏、今度は両ふくらはぎが怪しくなって来ていた。でもスピードを落とすわけには行かない。むしろ上げなきゃ!あーやばやばやば。ようやく北大構内入口に差し掛かる。ここにうちの患者さんが応援に来てくれていて、大きな声で声援を贈ってくれた。これでまた少し息を吹き返した感じがしたので、スピードをちょっと上げてみる。突然、左足の中指と薬指(通常足の場合はこう呼ばないが)が痙攣してしまった!これはまずい、でもなんとか走り続けられた。指が攣っても走れるもんなんだなーってちょっと関心。すぐに和らぐも、次の瞬間、指をかばったせいか、左ふくらはぎが痙攣寸前!うわー、ここ攣ったらもうストップしかないぞー。そしたらサブスリーは水の泡。あわててスピードを抑えると回復。またスピードを上げる。こんな事の繰り返しで北大構内を進んで行った。
ああ、木陰は涼しいな~、何より沿道の声援がありがたい。
時計のGPSはいつの間にか正確な距離からかなりずれていて、400Mくらいの誤差が出てるので、残りの距離はあてにならず、ただペース確認と経過時間の確認しか用を足していなかった。あとどれくらいでゴールなんだろう。両脚は相変わらず痙攣寸前状態。でもスピードは落とせない、、、。
あとで時計を確認してみたら、最後の3キロは1キロ4分14秒、13秒、12秒と上げる事が出来ていた。これは収穫だった。
あと2キロの看板が目に入って来た。時計を確認、2時間50分?秒。んーまだまだスピードは落とせない。痙攣とスピードのせめぎ合い。もう精神力で押している感じ。
40キロ地点に最後の給水ポイントがある。通常この辺の給水は利用しないでゴールをめざすのがいつもなんだが、さすがに今回はここのスポドリ(スポーツドリンク)に最後の望みをかけた。
最後の直線に入る、あとは真っすぐでゴールだ。でもまだゴールの時計が見えて来ない。間に合うかな!
ようやく時計が見えて来た。2時間58分?秒。ああー間に合ったー!!!残り約100M、ここではっきりサブスリー達成を確信した!
すぐ前の人が両手を突き上げてゴール、私もまねしてゴール\(^o^)/
タイムは2時間59分01秒 サブスリー達成!
サブスリーを達成したら涙が溢れるんだろうなぁって思っていたが、もう身体がそれどころじゃなかった。まさに灰になった感じだった。
なんともうれしかったのが、あの最強福国軍団のメンバーの方が私のサブスリー達成の瞬間をゴールで見ていてくれた事だ。
やはりその瞬間に喜びを分かち合える人がいるって事はうれしい!
止まった事で右のもも裏が痙攣を始めていた。脚を引きづり歩いて行くと、係員が完走メダルを首にかけてくれた、肩には完走バスタオルをかけてもらった。ああ、これで終わったんだな、、、。

北海道マラソン時計

50歳の節目にサブスリーを達成出来た事は自分でも驚いている。そして素直にうれしい。
この8ヶ月間は思いだすと長いようで短いようで(ありきたりの表現だね)。ただ、良く思いだす光景は、やっぱり真冬の真っ暗な朝に雪の中を走っている風景。なんとか走りやすいように靴、服装にはいろいろ苦労した。「働く人の店」ではスポーツ店では売っていない便利で安価な冬用アイテムをランニング用に利用した。ただ雪道ではペースランニングはどうしても出来ない。それにはスピードは諦めて、心拍数を揚げて走る事で刺激を入れた。
まあ、思い出せばたくさんあるけど、やはり挑戦する気持ちと諦めない気持ち、に尽きると思う。
つい数十年前までは人生齢60年と言われていた。しかし今や80年。今の私の年齢を昔に換算すると38歳くらい。まだまだこれからの歳!このブログを読んでくださっている中高年の方々、今からでも遅くないですよ!!!
もちろんサブスリーを達成出来たのは、自分ひとりの力で成し得た事ではない。家族は元より、私を蔭ながら支えてくれた方々に深く感謝している。
大会前日に忙しい中、遠方より応援に駆けつけてくれた友人たち。パワーをもらいました。ありがとう!
以上これをもって完結とさせていただく。
ありがとうございました。


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2014北海道マラソン(50親父のサブスリーへの挑戦) 前篇

思い起こせば6年前、友人に誘われて札幌マラソン(ハーフマラソン)に出場したのがきっかけでこの世界に脚を踏み入れた。
その時の成績は散々なものだった。その2カ月後にNAHAマラソン(フルマラソン)に出場した。この時の成績はたしか4時間40~50分だったと記憶している。それでもゴール後はふらふらで、もうマラソンなんかやめようって思っていた。
しかし、「喉元過ぎれば」で、気が付けば、マラソンを始めて5年の月日が流れていた。
マラソンを始めてから、少しづつマラソン仲間が出来、その中に1名のサブスリーの方がいた。その方はお酒は少々、練習はストイック。私は勝手にサブスリーランナーはこんな人がなれるんだなーって頭の中でステレオタイプを作り上げていた。マラソンを始めた当初、マラソンで3時間を切る人の事をサブスリーランナーって呼ぶ事など知らないし、サブスリーランナーは国内のマラソンランナー全体の僅か3%だけって事も。知ってからも、そんなの夢のまた夢の世界、全く自分には関係のない世界だなって思っていた。昨年までは、、、。
きっかけは、昨年、連続5回出場となったNAHAマラソンで3時間05分と言うタイムを出してしまった事。仲間からは「ここまで来たらサブスリーは十分狙える」と鼓舞された。しかし私のサブスリーランナーは、「お酒は少々、練習はストイック」だから、私のような大酒飲みで毎晩晩酌おじさんは「ここまででしょ」と思って本気には考えていなかった。
その後、長く暗く寒い冬の季節もコンスタントに走った。しかし相変わらず毎晩晩酌、友人たちとの宴はしょっちゅう。
今年の春、ようやく雪が解けアスファルトの上を走れるようになった4月中旬、なんだか、以前より速いスピードで走れ、そのスピードを維持しても、ある程度の距離を走れるようになっている自分に気づく。ひょっとしてあと5分縮められるかも。
本気でサブスリーをめざした瞬間だった。
今年5月に「今年の北海道マラソンでサブスリーを達成する」と目標を立てた。その日から月間走行距離を一気に増やし、月間300キロにした。日々の練習にも工夫を加えた。JOG,LSD(長くゆっくり走る)、持久走、ペース走、インターバル走、ウインドスプリント等。LSDは2時間のジョギングなので、LSDの日は朝の仕事に間に合うように午前4時15分起床、30分に出発、午前6時30分に帰宅と言う感じになる。
午前5時に起床はやっぱりいつもつらい。特に冬場の朝。私はマイルールとして、午前5時の外気温がマイナス15度以下もしくは吹雪時はランニング中止にしている。だからマイナス14度の朝は走りに行かなくてはならない。これがつらいところ!心が折れそうになる事もしばしば。だけど、この冬は一度もルール違反はしないで頑張った。
今は情報時代、6月の後半のある日、インターネットで、北海道マラソンで初サブスリーを達成された方とサブスリーを達成出来ないでいる方のブログを見つけた。
出来た方はなんと3か月間の走行距離が1600キロに達していた。それでも最後はへろへろ状態でぎりぎりでの達成。出来ない方は、他の大会ではサブスリーを達成されているが、北海道マラソンではまだ達成出来ていない方だった。走行距離、ペース走のスピード、どれを取っても私を上回っている。調べて行くと、やはり日本で唯一真夏での開催のため気温がサブスリーを拒んでいるらしい。
私は皆さん御承知のように、整骨院を営んでいまして、午前8時~午後8時、9時まで仕事。一日12時間~13時間労働のため、早朝しか走る時間がなく、全く昼の暑い時間帯に練習はして来ていない。これでは到底北海道マラソンでサブスリーは無理無理。すっかり意気消沈。
落ち込む心を持ちこたえながら、最近出て来た、「ネッククーラー」(定価330円)を購入。お盆休みの昼間にネッククーラーを装着して試してみた。これが結構効果ありそう!レースで使用する事に決定。
大会前日は札幌で仕事上の講義があった。午後4時から午後8時まで。正直、大会前日にビルの中に長時間缶詰になるのは良い感じではなかった。
ホテルにチェックインし、レースの準備等を済ませ、ベッドに横になったのが午前12時、緊張のためかなかなか寝付けず、うとうとしていたら、気が付くと午前3時半だった。それからもうとうとして、午前5時起床となる。とうとうサブスリ―達成の朝を迎えた。いよいよだ。
中編につづく
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2014北海道マラソン(50親父の初サブスリーへの挑戦) 中編

2014年8月31日日曜日 北海道マラソンの朝を迎えた。
昨夜は緊張の中、寝たのか、寝てないのかわからない感じだが、今さらどうする訳にも行かないので、「ああ、良く寝たな―」って言い聞かせ、着々と準備仕度。気になる札幌市の最高気温をチェック。最高予想気温28度。マジで、、、。
気を落ち着かせ、足のマメが出来やすい場所に絆創膏、肌のすれる場所にワセリンなどなど。
久しぶりに、大会にしか着ないランニングシャツに袖を通す。そしてレース用シューズを履く。うーん良い感じだ(^-^)
ここで忘れものに気づく。宿泊しているホテルから会場までゼッケンを付けたランシャツの上に羽織る服がない。昨夜は札幌で講義を受けたので、Yシャツしか持ってない。ランパンに上がYシャツじゃぁへんてこりん過ぎる。
仕方なくスタートラインに立つまんまの姿で会場に向かう。会場には午前6時50分には到着。
ゆっくりストレッチ等をして様子を伺おうと思っていたが、また忘れ物に気づく、スタートを待ってる時に飲もうと思っていた栄養補助食品をホテルの冷蔵庫に置いてきてしまった。一緒に出場する友人に荷物を預け、走ってホテルまで戻る。良いアップになった!
結構慎重に行動をしていたつもりだが、やっぱりどこか心が動揺しているようだ。会場に帰る途中信号待ちしていると、大会関係者のようなおじいさんに、「あんたBブロックなら、2時間なんぼで走るんさ?」って聞かれた(ゼッケンにBと印字されている)。いえいえまだ3時間は切れていなくて、3時間5分ですって答えたら、おじいさん笑いながら、「あーぎりぎりBなんだ」って、、、。
そこで初めてBブロックは3時間5分くらいまでが足切りなんだとわかった。って事は俺はBブロックの一番遅いタイム保持者って事になる^_^;
ストレッチ等が終わり、スタートラインに向かう。うちの患者さんたちに会う。彼らは旭川でトップクラスの選手が集うランニングクラブの方々。クラブ員の約半数の方が今年の福岡国際大会の出場権を持っている。福岡国際の出場条件って知ってます?フルマラソン2時間40分を切る事なんですよ!だから2時間39分台が必要なんです。超エリート大会でしょ!
その方々がBブロックの最前列に陣取っていて、私の場所を取っておいてくれていた。
Bブロック最弱飲ん兵衛男のために、Bブロック最強福国男たちが、わざわざ私の場所を空けておいてくれた。本当に恐縮した。って言うか恥い思いで一杯になった。
彼らは本当はAブロックのタイムを持っているが、今大会は昨年1月1日~今年3月31日までの公認記録がブロック分けの対象になり、その期間の後の大会で40分を切っていたので、今回はBブロックスタートとなっていた。
Aブロックはわずか5メートルくらいの幅しかなく、Bブロック最前列からスタートラインはわずか5~6歩のところにある。目の前には名の知れたエリートランナー、周りには道内では屈指の精鋭たち。こんな場所に自分が居て良いの?6年前を思えば夢のようである。
ジリジリ気温が上がって来ていた。しかしAブロック、Bブロック前側は丁度木陰に入っていて、直射日光が当たらないようになっている。エリートランナーのブロック位置は完璧の場所だった(良いタイムを持ったもの勝ちなんだなー)。
このレースでは、サブスリー達成か、ぶっ倒れて途中棄権かどちらかになる、と心にきめていた。
しかし気温の上昇のためか、だんだん心がぶれ始め、「抑えて行って3時間10分を切る位にするかな~」なんて思ったりしていた時、横にいた最強福国軍団のリーダーが(城島ではありません)若き精鋭たちに指示をしていた。耳をそば立てていると、リーダー:「初めは45で抑えて行くよ、追い抜いて行くやつについて行くな、後からみんなへろへろになって来るから、そこからなんぼでも抜けるから。25キロ過ぎからどんどん上げるよ。」 若き精鋭たち:「了解しました。」この意味わかりますか?もうわやですよ!45って言うのは1キロ3分45秒です。4分45分では決してないんです。これだけでもとんでもないスピードなのに、後半25キロ過ぎからどんどん上げるって!後半は通常どんどん落ちて行くんですがね~。この話を聞いて、ぶれていた心にまた火が付いていた。
招待選手紹介など一連のセレモニーが終わり、スターターの高橋はるみ知事がで紹介され、緊張が高まって来ていた。
子供の頃から悪い癖があって、緊張状態の空気の中に居る時、ふと全く関係ない事を考えてしまい一人だけ遠い世界にいる事ある。この時も私は、「スターターは北海道出身の著名人が良かったな~、札幌なら大黒摩季かなー、あれ彼女今あまりTVに出てないな―、乗りの良い唄うたってたな~、乗りっていったらGRAYも良いよなー、でも旭川なら玉置さんだよな~」なんて考えてたら、気が付くと10秒前!カウントダウンになっていた。
やばやば、気を取り直して、さあ始まるぞー!
高橋知事の号砲と共に42.195キロのドラマの幕が明けた。
後篇につづく
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