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第32回NAHAマラソン回想録

2016年12月4日(日) 毎年恒例のNAHAマラソンに出場して来た。 (長文です
この大会は人気があり、今年も3万人定員のところ3万2千人が応募し、抽選により2千人が落選していた。
この大会に向け、9月からの3ヶ月間、20キロのペース走4回、30キロペース走2回、40キロペース走1回を走って来た。
やはり50歳を超えると、さすがに昨年と同じ事をしていてもタイムは落ちるのみなので、今回初めて10月みぞれの降りしきる中、
40キロのペース走を入れてみた。
途中、手袋が濡れて手が悴んできて、たまらずランコース上にあるイオンのトイレの、温風で手を乾かす例のあれで手を温めた。ウインドブレーカーもずぶ濡れだったので、帰ってきたら震えが止まらなかった。
低体温症寸前だったんだろうな~。(コンビニの店員が私のずぶ濡れの恰好を見てニヤニヤしていたのを思い出す)
今年の旭川は10月下旬からの大寒波の影響で、大会までのおよそ1ヶ月間は思うように走られず、3ヶ月間で約850キロ、1000キロには達していなかった。(言い訳かな^_^;)
10月下旬からの1ヶ月間はまるっきり雪と氷、マイナス気温の中でしか走ってなかったので、那覇市の気温が自分にどう影響するのかちょっと気にかかっていた。
3日土曜日の午後7時過ぎに那覇空港到着。外に出ると、「ん、なんだか蒸し暑い」
今まで連続7回出場して来たが、夜にこんなに蒸し暑く感じるのは初めて。
翌日、夜明けの遅い沖縄、まだ薄暗い道を徒歩で大会会場に向かう。小雨が降っていた。
現地の人々はそう感じないかも知れないが、私はなんとなく蒸し暑く感じ、小雨はうれしかった
しかしその小雨も7時30分ごろには上がってしまい、気温も上昇、いよいよ蒸してきた。
アップを開始、20分くらいで尋常じゃない汗が流れてきて、身体に悪いと思い中止思わずたっぷり水分補給。
そんな状況の中スタートブロックに整列。
今年のスターターはリオパラリンピック、ウィルチェアーラグビー日本代表 仲里 進さんとリオオリンピック男子重量挙げ62キロ級日本代表 糸数 陽一さんのお二人。
いつもならこの瞬間は、気持ちも高揚して来て、司会進行の話、スターターの話などが耳に入ってくるが、この蒸し暑さで今回は、どうも気持ちが上がらず話に集中出来ない、スタートするのが何か怖い感じさえしていた
とうとうスタートとなった
今回もサブスリーを目標にしていたし、それに向けての練習もして来たつもりでいた。
しかしいざ走りだすと、どうも暑い。あっと言う間に汗が噴き出し息も上がり気味。
大会前の週は特に気温が下がり、旭川での最後のランニングは金曜日だったが、外気温ー9.7℃
スタート時の気温25度湿度88% 実に35℃の気温差。「自分だけがこんなに暑く感じているのか?」と思った。
3キロ地点過ぎの国際通りを走っていたら、沿道から、「えいたさーん」って聞こえたような。まさか、誰かほかの人の事だよなって一瞬思ったが、声の方向を見ると、なんと走友で東京から参加のTちゃん、そしてそのお友達たち!
Tちゃんはトライアスロンの選手で、毎年NAHAにも出場しているが、前日から風邪気味で、「当日の朝まで様子をみて出場を考える」と聞いていた。
マラソンを始めてから、初めて沿道から名前を呼んでもらえたので、びっくりしてその拍子にスイッチが入り、急にペースが上がった
Tちゃんたちはその後38キロ地点でも応援に駆け付けてくれた。へろへろの私にまたまたパワーを注入してくれたのは言うまでもない
 そのまま暑いなーと感じつつ8キロ地点を向かえた。ここに来てかなり苦しくなってきた。「こんなところで俺、どうなっちゃったの」と
思った。
これではあと34キロは無理かも「リタイア」がよぎった。ふと時計を見ると1キロ3:50で走っていた。これでは苦しいよな~とペースダウンで様子を見る事にした。
苦しさは落ち着いたが、どうも身体が動かない。レース前は1キロ4:12ペース、5キロ21分ペースで行こうと思っていたが、早くも10キロを超えた時点からそのペースは維持できなくなって来た。「この暑さではもう無理かな」と方向修正、サブスリーは捨てよう、完走をめざす事にした。
今回もまた島民の沿道の応援に救われた。
NAHAはこの沿道の応援が大きな特色となっている。
大会では5キロごとにエイドステーションが用意されている。
NAHAではそのほかにこの沿道の応援の方々が私設でエイドステーションを用意してくれていて、今回はこの私設エイドを大いに利用させてもらった。
5キロごとのエイドでは絶対に水分が枯渇すると感じ、私設エイドがあれば必ず水分補給と身体に水をかけた。
たぶん1キロごとにそうしていたと思う。この沿道の応援、私設エイドがなければ絶対に完走は出来なかったと言い切れる。
本当に助かった。
島民の皆さま本当にどうもありがとうございました
ゴールが待っている奥武山公園のセルラースタジアムが見えてきた。「あーもう少しだ」
高校野球部の子供たちがしきりに応援してくれていて、沿道からの手とハイタッチ
ゴールではゼッケンナンバー、名前、出身地、タイムを一人一人放送されていた。「俺も読まれるのかな、ちょっとはずかしいな
記録 3時間08分41秒 順位87位
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翌日の新聞を見ると102年ぶりの暑さのため、完走率53.2% 約半分がリタイアする異常な大会になったらしい

条件がどうであれ、ここ数年で自己ワースト記録を叩き出した事は否めない。しっかり受け止めて次の糧にしたい。
大会翌日はいつもの小観光。飛行機の時間の関係上遠くは行けない。
また今年も「ひめゆり 平和祈念資料館」「沖縄県平和祈念資料館」を訪れた。
何度訪れても心打たれる。まだあどけない顔の少女たちの写真を見ると目頭が熱くなる。
国のため、兵隊のために一心不乱に看護に尽くした、まっすぐな眼差し。
夢見る年ごろのごく普通の青春、家族、友人たちとの他愛もない会話、食事、恋ばな、恋愛そんな普通の小さな小さな願い、夢さえも奪われた少女たちの思いが小さな花々となって中庭に咲いていた。

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まだここを訪れた事が無い方は、是非一度来て、教科書には詳しく載ってない事実、日本が犯した罪を見ていただきたい。

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那覇空港ではいつもの泡盛セットで名残を惜しんだ
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私にとって一大イベントであるNAHA祭りが終了した
今回も沖縄島民のみなさんのお陰で本当に楽しく2泊3日のお祭りを過ごす事が出来た。
感謝感謝 ありがとうございました
今このブログを書いている外は雪、雪、雪 最高気温-3℃
お祭りは完全に終了した
さぁ、いつから走ろうかな

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沖縄県平和祈念資料館から眺めた海岸 本当に綺麗だった





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